[0回]
うまく人を殺せるか? 物騒な話だが、小説の世界では、特にミステリーでは、殺人が必須アイテムになっている。
人を殺すには ・心臓まで包丁を突き立てる ・高層ビルから突き落とす ・毒を盛る ・完全に動かなくなるまで首を絞める 具体的な殺人方法は分かるが、なぜ殺さなくちゃならないか、つまり殺人の動機が難しい。
天野節子が「氷の華」で落選したときの批評として、「殺人の動機が甘い」と言われた。 子どもがいない妻の元に、夫の愛人から、旦那の子を孕んだと、母子手帳を送り付けられる。 不妊症で悩んでいる妻にとっては、殺人に値する動機だと、天野節子は考えたが、選者には伝わらなかった。それで、自費出版への道を進むのだが、このように殺人の動機は難しい。
秋葉原の無差別殺人事件などは、どうしてこのような人格が形成されたのかを問う、社会派小説なら別だが、ミステリーの動機には向かない。
まだ、なんの構想もないのだが、うまく人を殺せるかで悩みそうだ。 北上大
課題 (1)主人公が追いかける目的を作る [舞台][人間関係][小道具]から選ぶ (2)その目的が主人公の求めていたものではなかった (3)探していた目的は実は別のものだった この課題で、ストーリーを作れ。
[小道具編]課題提出 (1)トミナ王国の王室画家を目指しているモラミは、作者の意図を理解してすべての色を描き分けるマシトロの筆があると聞き、捜し求めて絵を描きながらの旅に出た。一月後に、その筆は異国のサドーニ王国にあることを知った。サドーニは遠いが、存在を確認できて更に意欲が沸き上がって来た。半年後にその筆は、作者を選ぶと聞いた。金儲けをたくらむと色が出なくなるらしい。一年後にやっとサドーニ王国に着いた。旅の間に毎日描き溜めた絵は、300枚を越えていた。サドーニ王国に着いてマシトロの筆のことを聞くと、その筆を手に入れるには、王立芸術院の許可が必要だと知り、王立芸術院を訪ねた。院長はモラミが旅の間に描いた300枚の絵を見て、モラミの絵には邪念があるから、マシトロの筆は渡せない。どうしても欲しければここで修行をして邪念を取り払えと言われた。マシトロの筆を手に入れるための修行は辛かったが、モラミは耐えた。 (2)4年が過ぎたある日、芸術院院長から呼び出され、実は、マシトロの筆はこの世には存在しないと告げられた。今までの私の苦労と努力は何のためだったのと、失望する。 (3)次の瞬間、高らかにファンファーレが鳴り響き、「この4年間立派に修行をしたので、モラミにマシトロの筆を与えよう、サドーニ王国以外の外国人では君が最初の受賞者だ」モラミの手には「マシトロの筆」と書かれた一枚の賞状が手渡された。マシトロの筆は単なる物品ではなく、優れた絵画技量を習得した者だけに、サドーニ王国王立芸術院が与える称号だったのだ。モラミは、トミナ王国に帰り、王室筆頭画家となり、素晴らしい作品を残したばかりでなく、若手を指導育成して、トミナ文化を後世に伝えた。 なんだかゲームの世界みたいだな。 北上大
[人間関係編]課題提出 (1)涼子は同じ学年の雄太が好きだったが、告白する勇気がなくて片思いのままだった。そんな涼子に付き合って欲しいと雄太がメールをよこした。一度会って話を聞いてもらいたいと。涼子は高ぶる気持ちを押さえて約束の場所に出かけて行った。 (2)約束の場所に現れたのは、雄太ではなく一樹だった。雄太は、涼子が現れるかどうかで友達と賭けをしていたのだ。これを知った涼子は、失望のどん底に落ちていった。 (3)一樹は涼子が好きだったので、傷つく涼子を黙って見ていることが出来ず、告白するために約束の場所に現れたのだった。一樹が顛末を説明し、本気で付き合ってくれと求めた。失意に暮れた涼子だったが、一生懸命に説得しようとする一樹の気持ちがうれしかった。 ありふれた学園ロマンスになってしまった。 仕方が無い、今の力はこんなもんだ。 北上大
きょうは、通信教育の最初の課題だ。 課題 (1)主人公が追いかける目的を作る [舞台][人間関係][小道具]から選ぶ (2)その目的が主人公の求めていたものではなかった (3)探していた目的は実は別のものだった この流れで、ストーリーを作れ。
いきなりストーリーを作れと言われてもなぁ。 とにかく数撃たなきゃ当たらないのだから、まず、書いてみよう。後で見たら恥ずかしいんだろうな、きっと。 でも、まぁ、成長の記録だから、後で笑い話にしよう。 [舞台編]課題提出 (1)宮城県に住むサトルは、十数年飼ったビーグル犬、ビートが死んだ悲しみを紛らすために、ビートと同じ血統(子孫)のビーグル子犬を買いたくて、血統書に書かれたブリーダーを探し求めた。 (2)ブリーダー探して愛知県まで訪ねて行った。訪ね当ててみると、このブリーダーは全国から集めた犬に名前を貸して販売しているだけで、実際に育ててはいなかった。本当の育ての親は分からないとう。 (3)失意のもと家に帰ってみると、古い書類を手繰って、育てた親元の住所を調べたと彼のブリーダーから連絡があった。そこは宮城県内であり、サトルの家の隣町だった。 そこで、ビートの遠い子孫に当たるビーグルの子犬を求めることが出来たのだった。 なんか、ありきたりのストーリーしか思いつかないが、まぁ、最初はこんなもんだろう。 書いただけでも、マシということで。 北上大
北上大
いつまでも自己紹介みたいなことばかりじゃ先に進まないので、ちょっと小説というものを考えてみよう。 わたしは、理系の大学を出て会社に入りエンジニアとして数多くの文章を書いて来た。現場作業の工員さんよりも当然多いし、おそらく平均的な技術系サラリーマンよりも多くの文章を書く仕事をして来たと思う。
今まで書いて来た文章は、例えば次のようなもの。 ・実験報告書 ・調査報告書 ・出張報告書 ・会議の議事録 ・企画書、提案書 ・取り扱い説明書 ・カタログ、パンフレット ・計画書
これらに共通しているのは、次のような特徴を有する。 1)ウソを書いてはいけない 2)冗長な表現(飾り)を避けて簡潔に 3)意味が明確な表現(紛れを生じない表現) 4)情報を選別して必要最小限に絞り込む 5)情報を捏造してはいけない 6)自己を押さえて客観的に 7)各章ごとに独立させた構成(どこから読んでも分かる)
これに対して、小説はほぼすべての項目で逆の位置にある。 番号を対比してみてください。 1)ウソと言うと語弊があるが、基本的にはフィクションだ 2)飾りをつけた文章で雰囲気を作り出す 3)いくつかの解釈が出来るあいまいな表現で、読者に自由度を与える技もあり 4)情報は、多くてもかまわない(おもしろければ) 5)捏造だろうと妄想だろうとかまわない 6)主観的に作者の世界に引きずり込む 7)途中から読んでも分からないのが普通。前から読め
わたしがこれまで書いて来た文章と小説の文章との差はまったく違うものだ。 極端なのが、実験報告書、科学論文、取扱説明書などだ。 後からみつけた物だが、奈良裕明著「1週間でマスター 小説を書くための基礎メソッド<初級編>」(雷鳥社刊)の12ページに下のような図が示されている。 いろいろな種類の文章について、その位置づけを図示したものだが、わたしは、「書評」の更に右端に青い字で「理系の文章」と書き加えた。まさに、私が書いてきた「理系の文章」は、「小説」とは対極的な位置にあることを理解していただけることだろう。 このように技術屋の文章術から離れて、情緒豊かな美しい文章や人を引きずり込む創造の世界をどう作ってゆくかが、これからの課題だ。 北上大
[3回]
今、定年は60歳だが、会社によって呼び方は違うけど、再雇用とか、定年延長とか、65歳くらいまで働けるだろう。どうして働かないの、もったいないじゃないか。 そう言うけどさ、考えてごらんよ。平均寿命でみると、あと20年しかないんだよ。平均余命だと23年かな。
小説を書くって、かっこよく言えば、クリエイティブな仕事だ。 そういう能力ってどんどん退化するんだよ。 子どもだったら、年ごとに成長・進化するけど、悲しいかな年寄りは、年ごとに退化するんだ。だから、60歳からスタートするか、65歳からスタートするかでは、成果にものすごく大きな差が出るように思う。だったら、65歳までなんて待ってられないよね。 しかも、あと20年と言っても、命が続くかどうかなんて保証されていないんだ、事実、オレにきっかけを与えてくれた山口瞳だって69歳でなくなっているし。 天野節子も同じようなことを言っているが、人生80年を3つのステージに分ける。 1、最初の20年は、教育と成長の期間:学校へ通って大人になるための準備だな。大学までいくとこの期間が22年になり、修士課程や博士課程に行けばもっと長くなるし、医者の教育期間も長い。その分だけ大きな社会還元を期待することになるのだが。 2、次の40年は、社会還元の40年:動物として最大の還元は種の保存、つまり子どもを育てることだと思う。私たち夫婦は二人の子どもを育てて世に送り出したので、この点はクリアしたつもり。もう一つは、豊かな生活への貢献だが、高度成長期の日本経済を支えた一員としてずいぶん仕事をしたつもりだ。仕事の種類にもよるが徹夜仕事も何回もこなしてきた。 3、最後の20年は、自己充実の20年:生活費を稼ぐ義務から解放され、自分のやりたいことをやって充実感を感じつつ死への備えを整える。 残り20年といっても、75歳過ぎてからは、あまり活動できないだろうし、クリエイティブな能力は70代に入ったら急激に低下するだろう。 もう、迷ってなんかいられない。再雇用も定年延長もお断り。
さぁ、小説家へ向かってスタートだ。 北上大
小説家を目指すのに定年退職がスタートって、遅くない? 遅いだろうね、でも不可能じゃないと思う。 天野節子って人を知っているかな。 小説「氷の華」を書いた人だ。
彼女は、幼稚園の先生から一貫して幼児教育に携わって来た人だが、60歳の定年を迎えるに当たって、自分の人生を振り返ったときに、なにか物足りない虚しさを感じた。幼児教育は一生懸命やってきたけど、自分として残したものがあるだろうか。元来、小説が好きで、暇さえあれば小説を読んでいたという天野節子は、自分で小説を書いて、作品を残そうと考えた。完成目標は、3年後の60歳の誕生日。 素人作業で書き始めたが、なかなか思うように作品が進まない。3年間で書いた原稿は1万枚に及ぶという。最終的な「氷の華」の分量は600枚位なので、書いた原稿のほとんどは没にして、選びに選び抜いた結果が「氷の華」だった。 この後、応募した賞に落選して、紆余曲折を経て自費出版に至るのだが、良いものにはちゃんと陽が当たるものだな。 評判が評判を呼んで、正式な単行本として再出版され、米倉涼子主演で、テレビ朝日の2時間ドラマとして放送されたので見た人も多いと思う。
ま、一例だが、定年作家というのは「あり」だということだ。 ちなみに、天野節子さんは、作家にはなっていない。 小説は、趣味であり、もう一度小説を書くとしても、また玄冬舎ルネッサンスから自費出版するといっている。 北上大
なぜ小説家になろうとしているの? 本当は自分でも良く分からないんだ。 もう40年も前になるかな、山口瞳の口演を聞いたことがあるんだ。話の内容は覚えていないけど、一つだけ印象的に頭に残っているのが、どうしたら小説家になれるのかってこと。
それって、なんだと思う?
答えは「小説家になろうと思うことだ」って。 えっ、なんか当たり前じゃん。 そうでもないよ、たとえば ・米屋の息子が何となく親のあとを継いで米屋になった ・就職担当の先生から「この会社は将来有望だから受けてみたら」なんて言われてそのまま入社した ・ぶらぶらしていたら、親戚の叔父さんが仕事を世話してくれて、そのまま一生の仕事になった ・会社に入ってから、どんな業務を担当するかなんて、それこそ本人には選択権がない つまり、自分の意思とは関係なく、なんとなく今の職業についている人が結構多いってことだ。
これに対して、なりたくて職業を選ぶ例としては、 ・プロのスポーツ選手 ・将棋の棋士 ・大学の学部選びからルートが決まる医者 こういう職業の中に、小説家も入るのだ。
ふ~ん、そう言うものなんだと、その当時は聞き流していた。小説で飯が食えるとも思えないし、自分にそれほどの自信もないし、意欲もなかった。だけど、心の奥底にいつかチャンスがあったら小説を書いてみたいな、という思いが隠れていたのではないかと思う。
定年を迎え、贅沢をしなければ年金で食える環境を獲得した今、やりたいことをやってみようと、心の奥に眠っていた「小説家」が動き出したと言うことのようだ。 自分として、それほど意識したわけじゃないけどね。 北上大