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2012
01,24
18:26
被災地応援ファンド契約をした
CATEGORY[東日本地震]
あの日から10ヶ月が過ぎたが、傷跡はまだまだ癒えていないと思う。
継続して何か出来ることはないかと考えているときに、被災地応援ファンドのことを知った。
一般に、ファンドとは、多くの投資家からお金を集めて、プロの集団が資金運用をして、預貯金よりも高利を狙った、投資信託のような金融商品を指す。
応援ファンドは、東日本大震災で被害を受けた事業者(会社)に資金を10年間貸与して、事業復興後に儲けを付けて返してもらう金融商品なのだが、半額は最初から応援金としてくれてやるところが違う。
一口1万円の投資をすると、5千円は、最初に無条件で被災者にあげてしまうから、投資家には何の権利も残らない。ファンドの投資資金は、半額の5千円である。仮に10年後に2倍の1万円に増えて戻ったとしても利益はない。おそらく2倍になることはないだろうし、事業が復興できなければ元金も失うことになりかねない。ハイリスク、ローリターンなので、利殖目当ての金融商品としての魅力はまったくない。

じゃぁ、何が魅力かといえば、復興のお手伝いをした気分になれることだろう。わたしはめかぶファンドの契約をしたのだが、出資者にはめかぶが少しもらえるらしい。今後事業がうまく成長していけば、何年か後に新しく育っためかぶがもらえるかもしれない。自分で手を出して育てたわけではないが、きっとうれしいと感じることだろう。
 私が趣味でやっている水耕栽培も、買ってくる野菜よりも高くつくので、経済的には意味がないが、自分で育てた野菜を食べられる楽しみがある。これと似た魅力かもしれない。

いずれにしても、何もしないで思いあぐねているのではなく、何かしらつながりを持って支援を続けたいという人には、選択肢の一つだと思う。

私が選択したのは、ミュージックセキュリティーズという会社が運営するたくさんのファンドのなかの一つだ。震災復興とミュージックがどういう関係なのかといぶかったが、この会社は、もともとはお金がない若手の音楽家を支援する事業をファンドとして運営している会社で、個人相手の小額のファンド運営に実績のある会社だった。自分たちのノウハウを生かして震災復興に役立てたいとして起こした企画だ。
テレビや新聞でもたびたび取り上げられているので、ご存知方も多いと思うが、実際に手を出さないと役には立たない。
大資産家でない我々には、孫正義さんのように億単位の資金援助など望むべくもないが、年金生活者といえども、数万円の支援はできる。一口10,500円(500円は手数料)から参加できるので、関心のある方は是非行動に移していただきたい。
ちなみに、業種としては、次のようなものがある。(一例なので他にもあるよ)
イチゴ栽培、野菜栽培、日本酒醸造、かまぼこなど加工食品、ふかひれ、めかぶ、醤油、鮭、和菓子、船大工などなど。
こういう人たちの活躍のお知らせが時々届けられると、あぁ、頑張っているなぁと思えるはずだ。

この記事を見て、一人でも二人でも参加してくれれば、時間をかけて書いた意味が多少はあるかと思う。

北上大

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2011
04,15
15:51
地震のあとは沖に逃げろ
CATEGORY[東日本地震]
相馬の松川浦には、漁船の基地がある。
この震災で多くの船が、陸に打ち上げられて取り残された。

しかし、震災後のgoogle mapを見ると、整然と並んでいる船もいる。

数えてみると、60隻くらい。
陸上から見た写真はこの通り。

なぜこの船は、流されなかったのだろうか、不思議なことだ。

実は、漁師さんたちの中では、「地震のあとは沖に逃げろ」という格言が伝わっているそうだ。
この、整然としている船は、津波が押し寄せてくる前に、沖合いに退避して戻ってきた船なのだ。
分かっていても間に合わなかった人もいたことだろう。
紙一重の差で、天国と地獄。

天災は恐ろしい。

北上大

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2011
04,13
22:41
よみがえれ!大川電機工業所
CATEGORY[東日本地震]
4月2日にボランティアでお手伝いしたのが、有限会社大川電機工業所だった。
社長一人、従業員無しの個人企業だ。

大川電機工業所は、無線屋さんなので、漁業無線の無線機器の販売・修理が本業だ。
だけど、漁師さんたちからは、無線だけに限らず、船内の発電機から集魚灯まで、漁船の中の電気は全部大川電機にお任せと言う状況であり、何でも引き受ける船の電気の便利屋さんである。
漁船から連絡が入る。
「△月○○日に小名浜港に入るから発電機を見てくれ」
軽四輪に修理道具と必要と予想される部品を積み込んで、陸路、小名浜港まで走り、船の到着を待つ。
「気仙沼に入る」と言われれば、気仙沼まで軽四輪で走る。
漁師さんたちにとっては、頼りになる電気屋さんだ。

港の近くにあるので、今回の震災では津波をもろに被り大被害を受けた。我々ボランティア5人が到着した時の事務所の様子がこれだ。

天井が崩れ落ちて、100キロ以上もある重い金庫が中央に転がっているし、機器や書類が散らばって文字通り足の踏み場もない。
この部屋の中にデスクトップが2台、ノートタイプが2台、あわせて4台のパソコンが隠れているのだが、塩水を被っているので使い物にならないだろう。(実際に瓦礫として処分した)
我々は機器(残骸)の搬出を始めようとしたが、足元にどうにも力が入らない。と言うのは、室内全面の床に厚さが20センチにも及ぶヘドロが堆積しているので、滑るのだ。だから、機器搬出の前にスコップでヘドロをかき出して、小さな足場を作ってから運び出す。運び出した隙間のヘドロをかき出して一歩前進という作業の繰り返しだ。
「大川さん、この食器戸棚はどうしますか」
「それはうちのじゃないな、よその家のが流れてきたんだ、処分しよう」
と言うような、混沌とした状態だ。
工場と事務所の裏に住居があるが、住居もこんなに壊されてひどいありさま。

ついでに、隣の家もこんな状態だし

家のすぐ前には、漁船が転がっている。

作業を終えて、からだの泥を洗おうとしたが、まだ水道が出ていない。浜が近いので海の水で長靴や合羽のの泥を洗い落とした。

大川さんは、仕事の傍ら、地域活動にも貢献して来た人だ。
消防団に所属しており、交通指導員として警察にも協力している。

震災当日は、地震の直後から、仕事で使っている軽四輪で走り回り、
「大津波が来るから、高台に避難してください」
と、地域住民に対して警告を発していた。
この声によって命を救われた人もたくさんいたことと思う。
そんな大川さんを津波が襲った。
軽四輪を停めて様子を見ようとしたときに、波は目の前まで押し寄せていた。
何をすることもできず、見ていると、目の前の軽四輪がみるみる間に水に埋まっていく。車体の三分の一ほどまで水に浸ったときに、このまま流されるのかとあきらめたが、水の勢いはそこまでで水位が下がっていった。
「流されなかった」
エンジンをかけてみたら、自動車が動いた。
周りは瓦礫の山だが、動ける足があることが幸いして、それから4日間、我が家の状況を顧みずに消防団活動に従事した。
さすがに、心身ともに疲れ果てて、しばらく東京の知人宅に避難した。
奥さんと今度高校に入るお嬢さんも無事で東京に避難。
さて、相馬ではガソリンが手に入らないと聞いて、専用の携行缶にガソリンを詰めて東京から家に帰ってみたら、上の写真のようなありさまだった。
自宅の再建をしたいのでと、しばらく消防団から離れて、まず片付けをしよう。
避難所には入らず、アパートを借りて、そこから通いながら再建を目指す。
そんな決意を固めたところで、お手伝いを頼まれたのが、私たちボランティアだった。

偉そうに救援に行ったつもりだったが、とんでもない。
逆に大川さんの元気に励まされた。明るいキャラクターで、逆境を跳ね飛ばしてよみがえる力を持っている。
「大川さん、この書類どうしますか。泥だらけで読めないけど」
「許可証とか、認定証とか、ま、大事っちゃぁ大事だけど、津波で流されたって言えばしょうがねぇだろう、ははは」って。
「あの書類がなくなったら、今後の商売ができない、どうしよう、メソメソメソ」とはならない人だ。
「ぐちゃぐちゃになった家だけど、建物が残っただけでもありがたい。建てたときは、こんなに頑丈にしなくてもと思ったけど、今はありがたいよ。だけど、まだ、ローンが残ってんだよなぁ。この先どうなんのかなぁ」
修理用の電気部品を収めた部品棚が泥の中から掘り出された。
「大川さん、この部品どうしますか」
「全部新品だけど、塩水を被った部品をお客さんに使うわけにはいかねぇだろう、全部廃棄!」と、当たり前のことかもしれないけど、理性的な判断をする。
こんな状況なら、洗えば使える物もあるんじゃないかと思うのが人情だろう。

不安もあるだろう、困難もあるだろう。
「今は、目の前に片付けという仕事があるから、気を張っていられるけど、一段落したら何にもできなくなるんじゃないかと不安だよ」
正直にそう言っていたけど、大川さん、あなたはよみがえる。
相馬市尾浜再興の旗頭になる力を持っている人だ。
明るいキャラクターで、周囲を引っ張っていってくれると思う。

よみがえれ! 大川電機工業所。 相馬の漁船に灯をともすんだ。

応援しています。

北上大

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2011
04,11
18:24
相馬市の被害(陸上の船と海中のバス)
CATEGORY[東日本地震]
相馬市の被害で、目に付くのは、陸上に打ち上げられた船の数だ。

浜辺の近くだけではなく、道路の上にも多数の船が打ち上げられている。

屋根の上にのっかてしまったのもいる。

そうかと思うと、海に投げ出されたマイクロバス。

いったいどうやって修復するのだろうか。
気が遠くなるような、作業量と費用だろう。

北上大

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2011
04,10
23:18
相馬市の被害(晴風荘)
CATEGORY[東日本地震]
相馬市の東の端に松川浦という内海がある。
周囲を堤防で囲まれており、波が静かなので、海苔の養殖が行われていた。
この松川浦に面したところに「晴風荘」という旅館があった。
窓から見下ろすとすぐ前が海で、海風の香りを感じながら海岸を散歩するのも風流だし、海の幸をこれでもかというほどふんだんに盛り付けた料理が名物で、美味しくてしかもボリュームがあるので人気があった。
わたしは父に連れられて一回だけ行ったのだが、そのとき同行した妻は大変気に入って、自分の母親を連れて再訪したほどである。
現在の晴風荘の写真がこれである。
(写真の晴風荘の文字が間違っています。ごめんなさい)

鉄筋コンクリートの建物は残っているものの、一階部分は完全に水没して窓は割れ、内部は滅茶苦茶で什器備品の類は使い物にならないだろう。
周辺の木造住宅はすべて流されて瓦礫の山だし、道路も通っておらず孤立していた。
(私が訪れたときには、ショベルカーで道路中央を開けて、車一台がやっと通れた)
従業員たちは(おそらく客もいたことと思うが)屋上に逃れて、全員無事だったそうだ。
googleマップで見ると、晴風荘の東側1.2kmにある堤防の一部が決壊して、その上を走っていた道路は今はない。

決壊した部分(幅およそ200メートル)から流入した津波は、晴風荘周囲を流し去り、その先に続く田んぼを一飲みにした。
決壊部分を地上から見ると、こんな風に千切れている。

なんという破壊力だろう。
堤防の上には、防風林として密集した松林があったが、現在では、歯が欠けた櫛のような状態だ。


根こそぎ引き抜かれた松の木が田んぼの中に点々としている、信じられない光景が残された。塩水に侵された田んぼは、当分の間使い物にならないだろう。
わかりにくいけど、googleの写真を添付する。
黒い小さなポツポツが転がっている松の木だ。

この田んぼの泥が、周囲の家に流入して、20センチもの高さに積もって、払い出す(泥かき)のが大仕事だった。

北上大

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2011
04,10
10:03
相馬市の被害(どさん子)
CATEGORY[東日本地震]
相馬市の津波の被害はひどい。
南三陸町のように津波にさらわれて、瓦礫の山になっている光景が一番ひどいのだが、あまりにも何もないので却ってひどさが伝わらないかもしれない。

原型をとどめている写真のほうが被害状況を把握しやすいのではないか。
これは、ラーメン屋どさん子のお店の写真だ。
まず場所だが、googleマップの画像で右上に「どさん子」とあるのを確認して欲しい。

このお店が、こうなっている。
営業再開どころの状況ではないことがわかるだろう。

もう一枚、この近くだが、船につぶされた軽自動車。

ひどい状況だ。

北上大

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2011
04,07
20:46
生き死にが挨拶になっている悲惨さ
CATEGORY[東日本地震]
ボランティア活動をしているときに目にした光景だ。

震災後、初めて路上で出会った初老のご婦人二人。

「あらぁ、和枝さんじゃないの、生きていたんだねぇ」
「あんたも生きていたんだ、良かったねぇ」
「良かった、良かった」
 二人で抱き合って、涙を流している。
 いったん離れてから
「旦那さんはどうなの、無事かい?」
「とうちゃんもせがれも助かったよ。だけど嫁の花子は行っちまった」
「花ちゃんはあっちさ行ったのか?」
「うん、あの日、先に行っちまったんだぁ」
「花ちゃん、いねのか、もう」
「……」
声にならず、もう一度抱き合う、おばあさん二人。

横で聞いていて、こちらも泣きそうになった。
こんな悲しい挨拶を何回も交わしたことだろう。
瓦礫の山を見るよりも悲惨さが伝わってくる。
(人名はすべて仮名です。 実際の会話は相馬の現地の言葉なのでわかりにくいため、標準語っぽく改めました。原文は、下の「相馬弁はこちら」をクリックしてください)

北上大

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▼相馬弁はこちら
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2011
04,05
09:57
災害ボランティア@相馬
CATEGORY[東日本地震]
テニス合宿に行ったつもりの「つもり募金」をした。
ノジマのポイントを義援金に換えた。
でも、まだ何か出来るんじゃないか。
小説家とは言っても、時間はどうにでもなる、年金生活者。
そうだ、災害ボランティアに参加しよう。と言うわけで、相馬市の災害ボランティアに参加してきた。
津波被害というと、陸前高田市と南三陸町が取り上げられるが、相馬市の沿岸地域でも悲惨な状況になっている。

原釜地区ではこんな有様だし、グーグルマップの最新画像では

松川浦漁協の周囲に、丘に打ち上げられた漁船が散らばっていることがわかる。

相馬市災害ボランティアセンターに行ってみたら、受付前から多くのボランティアが並んでいた。
どんな人が参加しているのか?
茶髪に染めている女の子が、ボランティアに参加しているのが不思議な感じがしたが、見かけのファッションとは関係なく、人の役に立ちたいという気持ちは一緒だった。高校生が多く参加しているのを見て、日本もまだまだ捨てたもんじゃないなと思う。ちょっとうれしかった。
私は定年退職した高齢ボランティの代表だと思っていたが、上には上がいるもので、白髪を丸髷に結い老体に鞭打って参加した72歳の男性もいた。60歳なんかまだまだ若い。彼は一回りも上だもの。
どこから来るのか?
埼玉からはるばる出かけていくと自負していたが、とんでもない。埼玉なんか当たり前で、東京から、神奈川から、長野からという人たちとであった。
4月のはじめには、福島県内よりも県外からのボランティアのほうが多くなったそうだ。
どうやって時間を作ったんだろう?
年金暮らしの私は時間が自由だが、ほかの人たちはどうして時間を作るんだろうと何人かに聞いてみた。
・会社の制度を利用して5日間のボランティア休暇をとった。
・自営業(大工さん、運送業)なので、仕事の都合をつけて時間を作った。
・学校が被災して授業がないのでボランティアに参加した。
・仙台の会社が被災して仕事がなくなったので、時間が出来た。
被災して、避難所からボランティアに参加している人もいた。

活動の様子は、別の記事にまとめる。

北上大

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2011
03,30
10:33
死蔵ポイントを義援金に換えよう
CATEGORY[東日本地震]
日本中にたくさんのポイントが出回っているが、死蔵のポイントも多いことと思う。
150ポイントとか、230ポイントとか中途半端にあるが、使い道が無い。
こんなポイントを義援金に換えることが出来るサービスを、多くの会社がやっている。
例えば、ローソンのponta、セブンイレブンのnanaco、ヤマダ電機など大手電気店、ANA/JALのマイレージ、Tポイント、楽天スーパーポイント、はてなポイント、ドコモ/AUのポイント、ビッグカメラ/ソフマップのポイント、Yahooポイントなど、ほかにもアクサンあると思う。
ぜひ、皆さんのカードの束をひっくり返して、使う宛ての無いポイントを義援金に換えよう。

わたしは、ノジマカードのポイントを義援金に変えようと思ってある店舗に行った。
「広告で見たんですけど、ポイントを義援金に換えてください」
「お客様、それはできません」
「そんな馬鹿な、今朝のチラシに書いてありましたよ」
「そうっしゃられてもポイントを現金に換えることは出来ません」
「ゲンキン?」
「そう、ゲンキン!」
「違いますよ、ギエンキンです」
「ああ、義援金ですか。かしこまりました」
チャンチャン。
と言ういきさつの後、1860ポイントを義援金として募金した。
(これは死蔵ポイントではない、意識して貯めたものだ)

北上大

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2011
03,28
11:33
つもり募金をしよう
CATEGORY[東日本地震]
皆さんに呼びかけたい。
旅行に行ったつもり、映画を見たつもり、豪華な食事をしたつもり、つもりつもりのつもり募金をしよう。

わたしは、あるテニスクラブに所属している。4月下旬に春の合宿を計画していたが、震災を考慮して中止となった。合宿に参加すれば、宿泊費と交通費で少なくとも1万円はかかるはずだった。そこで、合宿に行ったつもりで、1万円を震災義援金として募金した。
義援金受付は、NHKをはじめとするテレビ各局、新聞社、市役所などの自治体、GoogleやYahooなどのポータルサイト、コンビニなどいろいろなところでやっているが、わたしは、被災地のひとつである福島県の相馬市の口座に直接募金した。

日本赤十字社などに集められた義援金は、義援金配分委員会に渡され被災者に分配されるそうだが、今回はあまりにも範囲が広く多県にまたがっており、原発の影響で立ち入り禁止の区域もあって被災状況がつかめないるために、配分委員会が機能していないと聞く。
緊急を要する現在の1万円は、将来の10万円にも匹敵する働きをすると思う。早く被災者に渡してもらいたいという気持ちだ。
相馬市では、被災家庭に3万円という被災者生活支援金支給を始めたそうだ。

わたしが義援金募金先として相馬市を選んだのには理由がある。
わたしは、相馬市の中学校に2年間通った。
中村一中に通学していた時代、学校が大きくなったので向陽中学校に分離したときに2年生だった。
転向を繰り返していた私にとって、子供のころの記憶として遊んだ思い出が多いのは、相馬市だった。
宇田川で鮎を捕ったり(うそ!鮎は素早くて捕れなかったので、川底で動かないカジカを捕っていた)、山でジナシ(地梨)を取って食べたり、椿の実を磨いて艶を出してアクセサリーを作ったり、松川浦で潮干狩りをしたり(大きな蟹に指を挟まれて千切れるほど痛かった)たくさんの思い出がある。
数年前に、松川浦に面した清風荘という民宿に泊まり、食べきれないほどの海の料理をご馳走になった。海辺に面していたので、今では跡形もないことだろう。
思い出が多い相馬市の復興を願って、僅かばかりだが、つもり募金をした。

北上大

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2011
03,24
13:41
自衛隊に感謝
CATEGORY[東日本地震]
先週18日に高速バスが開通したので、郡山まで行ってきた。
新幹線が開通しておらず、高速道路も一般車両を規制している中で、唯一の交通手段だった。
郡山には、自衛隊の駐屯地があり、「災害派遣」の表示をつけた自衛隊車両が車列を作って走っている光景に2回出会った。
国民のひとりとして、「ありがとう、がんばって」の気持ちを込めて、沿道で手を振った。気づいた自衛官は、みんな敬礼を返してくれた。これから出動する自衛隊をただ見送るだけではなく、感謝の気持ちを伝えたかったのだが、敬礼を返されるとこちらもうれしい。
寒い中で、献身的に復興作業を支援してくれる自衛隊の皆さんに感謝する。

自衛隊だけではなく、警察、消防、アメリカ軍、民間ボランティアの人たち、皆さんに感謝。

北上大

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2011
03,23
15:57
直ちに健康に影響を与えない濃度
CATEGORY[東日本地震]
放射能汚染、とくに野菜や飲料水に対して
「直ちに健康に影響を与えない濃度」
という表現が使われているが、これが分かり難いとの意見が多い。

この件について、こんな例え考えてみた。
放射能汚染を出血にみたてると理解しやすいのではないだろうか。
「放射能を浴びる」のも「血を流す」のも好ましいことではないが、多少のことなら健康には影響しない。
指先を切って血が出たとするが、一滴二滴なら直ちに健康に影響を与えるものではない。しかし止血しないで放置して、ポタポタポタポタと血を流し続けて、何ヶ月も過ぎたらさすがに健康に悪影響を及ぼす。
放射線も同じことで、微量の放射線を浴びても、汚染野菜を食べても、汚染水を飲んでも現状の濃度なら直ちに健康に影響を与えるものではないが、そのまま放置して食べ続けるとやがて障害が出る。それにしても基準濃度が厳しすぎるのではないかと言う感じがする。ほうれん草を何トンも食べなければ影響しないとか、100年も食べ続けなければ障害が出ないという基準値は正しいのだろうか。

好ましくない出血だが、一定の利益が期待出来る場合には敢えて出血させることがある。例えば、血液検査で5ccや10ccの採血をすること指すのだが、放射能についてもレントゲン撮影やCTスキャン検査がこれに当たる。10ccの採血をしても健康に影響はないが、怪我をして10ccの出血をしたら大騒ぎをするだろう。献血の場合は400ccも出血するのだが成人の場合は通常は問題はない。しかし、乳児にとっては100ccの出血でも命に関わることもあるだろう。障害のメカニズムは異なるが、放射能についても同じことで、成人に対する許容量と乳児に対する許容量には差があって然るべきだ。乳児にとって危険なことでも成人にとっては害がないことは多い。
X線技師や原発で働く人には線量計をつけて管理しており、その基準線量は汚染野菜を食べるどころの話ではないはずだ。

福島県や茨城県の野菜は全滅に近い状態に追い詰められているが、それ程騒ぐことなのだろうか。付随する風評被害を考えると、政府の発表と対策が正しいとは、とても思えないのだ。

北上大

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2011
03,18
10:22
買いだめするな
CATEGORY[東日本地震]
被災地で物資が不足しているのは、状況を考えると理解できるが、首都圏のスーパーで棚がカラカラになるほど、物資が不足するのが嘆かわしい。
テレビに映った主婦と思しき人が、納豆を6個もかごに入れて、
「こういうときだから、多少多めに買う心理は仕方ないですよね」
と、偉そうに語っていた。
3個入りのの納豆を6パック、つまり18食の納豆をあなたの家族は何日かかって食べるのですか。普段の何倍もの買いだめでしょう。
あなたのような考え方が、パニックを引き起こす元凶なんだということを自覚しなさい。
こういうときだからこそ、平静を保って、みんなで我慢して分け合いましょう。
買いだめはしないで!

それにしても、ガソリンスタンドはどこも完売で閉まっている。
買い溜めするつもりはないけれど、走る分のガソリンは欲しい。

北上大

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2011
03,17
14:29
計画停電は実行しろ
CATEGORY[東日本地震]
電力不足の対策として、東京電力が計画停電を発表した。
被災地の窮状を考えればこのくらいの負担は当然だと受け止めた多くの国民は協力的だ。近くの商店やスーパーでも、エスカレーターを止めたり、照明を落としたりと具体的に動いている。
しかし、東電の態度がコロコロ変わり、停電を発表したにもかかわらず、停電にならなかったり、直前に実施を中止したりと、明確なメッセージが伝わってこない。
一般家庭でもそれなりの対応を考えるが、生産工場では、事前に機械を止めたり、自家発電装置を稼動させたりと、準備を済ませている。ところが時間になっても電気が来ているとそれらの準備が無駄になる。電気が止まるよりも通っているほうが良いだろうというものでもない。
停電を発表したら、計画通りに実施する方が良い。
準備をした工場では、準備をして良かったと言う達成感があるし、一般国民にとっても復旧に協力したと言う満足感があり、国民の一体感を作り出すことにもなる。
やるといったらやる。ちゃらんぽらんにいい加減な計画を発表するのは止めてもらいたい。
交通信号が消えるからと、交差点に配置された警察官も、
「あれ、まだ信号がついている」
と、呆然としてしまう。

この交差点では、実際に信号機が点かなくなり、おまわりさんが交通整理をしていた。
ご苦労様、そしてありがとう。

北上大

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2011
03,16
10:24
いま自分にできること
CATEGORY[東日本地震]
大地震と津波発生から6日目となった。
災害地が平静を取り戻すまでには次のような経緯をたどる。

救助=倒壊した家屋の中で助けを求めているイメージ
 ↓  (災害発生から72時間が目安とされる)
救援=避難所で毛布に包まっておにぎりを食べているイメージ
 ↓  (被災から1週間程度)
救済=仮設住宅建設が話題になり、経済活動として、仕事を再開しようとするイメージ
 ↓  (被災から1ヶ月くらい)
復旧=仮設住宅から、自宅を再建する資金の手当てに奔走するイメージ
 ↓  (被災から1年くらい)
復興=街全体が元気を取り戻し、活気ある生活のイメージ
    (3~5年で復興してくれるといいな)

いまは、救援のステージだと思う。
今後、募金やボランティア参加など、実際に参加可能な援助の方法が提示されてくるが、現時点で、遠く離れた我々に出来ることは限られている。
全国の、医師、消防、警察、自衛隊の人たちが駆けつけて活動している。
逆に言えば、全国でこの人たちの仕事が手薄になっていると言うことだ。
こんなときに、我々が出来ることは、問題を起こさないことだ。
警察や消防の手を煩わせるような出来事を起こさないように、我慢をすることだとも思う。
節電に協力して、停電も我慢します。

北上大

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